「構造設計一級建築士」の私が,鉄骨造における,大梁・小梁の「仮定断面」の略算法を紹介します。
梁部材はH形鋼が最適
梁に用いることができる鉄骨部材は,「H形鋼」や「Ⅼ形鋼」,「角形鋼管」,「丸形鋼管」などありますが,なかでも梁材として最も優れているのが「H形鋼」です。(表1)
形鋼名 | 長所 | 短所 |
H形鋼 | ・構造力学的に有利な断面 ・接合が容易 ・合成梁が構成可能 | ねじれに弱い |
Ⅼ形鋼 | ・接合が容易 ・ブレース材のように断面積 だけ必要な時によく使用される | 弱軸方向に対して 非常に弱い |
角形鋼管 | 構造力学的に有利な断面 | 接合が複雑 |
丸形鋼管 | 構造力学的に有利な断面 | 接合が複雑 |
鉄骨造の梁材に求められる特性は次の2点です。
- 構造力学的に効率がよいこと
- 接合が容易にできること
「Ⅼ形鋼」は,弱軸方向(断面二次モーメントの小さい軸)に対して剛性が低いため,単体で梁に用いることは少ないです。
また,「角形鋼管」や「丸形鋼管」は力学的に効率のよい形状をしていますが,接合に手間がかかるため梁材には,あまり用いられません。
これに対して「H形鋼」は,剛性(断面二次モーメント)が,断面積の点で非常に効率よく構成された部材です。
梁と柱の接合部もボルト接合だけで剛接合にもピン接合にもできることにより,現場溶接を省略できるなどの利点をもっています。(図1)
さらに「H形鋼」は,スラブと梁が一体化した「合成梁」を容易に構成できます。(図2)
鉄骨造の建物は,「デッキスラブ」を採用することが多いです。
「デッキスラブ」は,デッキプレートにコンクリートを打設してつくられます。
これを「合成梁」といいます。
合成梁の場合,梁とデッキプレートは,「スタッドボルト」で一体化します。
デッキプレート上のコンクリートと梁材の鉄骨が一体で挙動するため,剛性を高めるのに有効で,断面の小さい梁部材でも変形を抑制できます。
それでは「H形鋼」の仮定断面は,どのように求めたらよいのでしょうか。
そのためには,まず梁の接合方法を整理しておく必要があります。
大梁と小梁の接合方法
梁は通常,大梁と小梁に分けられます。
ここでは便宜的に,柱に取り付く梁を大梁,それ以外を小梁として分類します。
接合方法から比較すると,大梁は剛接合,小梁はピン接合を採用する場合が多いです。
図3に「H形鋼」の剛接合とピン接合の接合を示します。
剛接合とピン接合の大きな違いは,フランジの接合状態に表れます。
剛接合は,梁に発生する剪断力に加えて,曲げ応力も伝達させなくてはならないため,ウェブとフランジを接合します。
それに対してピン接合は,剪断力のみを伝達すればよいので,ウェブのみを接合することになります。
ただし,小梁のウェブとフランジを大梁に接合しても,取り付く大梁の断面が小さいと,大梁がねじれるため,ピン接合として扱う必要があります。(図4)
また,小梁を連続して配置すると,ピン接合であっても剛接合と同じ応力が部材に発生するため,剛接合とみなして部材断面を計算しなければならない場合もあります。
梁の仮定断面の算出
設計初期の仮定断面を求めるための方法を述べます。
想定する平面計画は,図5①に示します。
階高が3m程度ならば,仮定断面算定時の床荷重は,6.0[kN/m2]を見込んでおけば問題ないと思います。
大梁の仮定断面の算出
大梁の仮定断面算定は,曲げの発生応力に対して許容応力以下であることを確認します。
このとき,デッキスラブによる断面性能の割り増しは考慮する必要はありません。
曲げの発生応力のみで算出した断面でも,実施設計時に合成梁を考慮して断面算定すると,ほとんどの場合,変形角の規定値(平12建告1459号)の1/250を満足するからです。
大梁が床荷重を負担する面積は,図5①のa1の斜線部分(スパンL1と幅B1に囲まれた部分)です。
図5②にL1とB2の値とその際に断面に必要となる断面係数Zの関係を示しています。
「断面係数」は,部材の「曲がりにくさ」を表す数値で,「H形鋼」の形状によって決まります。
部材の仮定断面の算定は,計算で求めることもできますが,鋼材メーカーなどが公表している鋼材表(図5④)を利用すると便利です。
鋼材表には,断面係数や,変形のしにくさを表す断面二次モーメントⅠ,さらに,断面積などの部材断面の諸数値が掲載されています。
図5②と鋼材表を使って,必要な断面係数以上の値を示す「H形鋼」のサイズを選べば,仮定断面を求めることができます。
小梁の仮定断面算定
一般的な接合方法において,剛接合の大梁とピン接合の小梁を比較すると,小梁の方が変形が5倍大きくなります。
したがって小梁の仮定断面では,曲げと変形の大きさで安全性を確認します。
小梁は,図5①のように,短辺方向にかけるのが一般的です。
小梁の負担する面積は,a2の斜線部分(スパンL2と幅B2に囲まれた部分)です。
図5③に,L2とB2によって,変形角が1/250以内に納まるのに必要な断面二次モーメントと,必要な断面係数の関係を示しています。
L2とB2によって決まる断面二次モーメントと断面係数のどちらも満たす性能をもっていれば,梁材に採用しても問題ないといえます。
施工で変わる梁の変形角
大スパンによっては,計算上は梁の変形角1/250を満たすが,変形量が大きくなる場合があります。
その場合,施工時に変形量を制御し,仕上がり時には変形がない状態にする必要があります。
施工で変形を抑える方法はいくつかありますが,その一つとして,スラブコンクリートを打設する際に,梁を支保工で支持しておく方法があります。
打設されたコンクリートが硬化するまで支持しておき,硬化して設計強度が得られるようになってから支保工を撤去するものです。
梁に「キャンバー」を付けることもよく行われる方法です。(図6)
あらかじめ想定される荷重に対して変形量を算出し,部材制作時にその変形量分を変形と逆方向(上方向)に変形させておきます。
梁の建方後,想定した荷重が梁にかかると,梁が変形し,水平になる方法です。
なお,一般的に梁の変形が大きい場合,梁スパンと断面サイズのバランスが崩れ,「横座屈」や「局部座屈」が発生しやすくなります。
「横座屈」については,「横補剛材」を設けるなどの対策が必要ですが,「局部座屈」については,規定の形鋼を選択しておけば問題ありません。
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